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2011/08/05

衣装というファッション

これは、先日みた祇園祭の、長刀鉾のしめ縄を張る役職の皆様の姿です。
この祭りの主役を待つお役の方々は、こうして裃を着用されていました。

例えば、僧侶の袈裟などと違って、こちらの方々はいつもこの衣装を身に纏っておられるわけではない…ですよね。
でも、全然衣装にいられてしまっていない。来るべき日に、来るべき格好で祭りにのぞんでいるのがよくわかります。
どこかの祭りでも、イベントでも、衣装に着られてしまっているような娯楽的遊戯的パターンは多くあります。
でも、こちらの方々は、そういう意味では普段は他の職業をしている素人さんであるのにもかかわらず、
この祭りの中では、自分たちの祭仕事を全うして…その役を担っている。
だから、衣装ひとつとっても、着られていない。この衣装・装束をちゃんと着ておられる。

裃など、普通の人が着たら、日光江戸村みたいになってしまいますよね。
初舞台の女優さんなどもそうです。衣装に着られてしまっている姿を時々みかけます。

自分の生きざま、信仰心、真摯さ。
そういうことが、表出されておられるんですね。
私は、ギラギラと照りつく太陽の下で、そんなことを考えたりしながら、長刀鉾を待っていたのでした。

2011/07/27

堺くんが、剣豪、塚原卜伝役??

普通、演じられる卜伝というと……
剣術の大師匠おじいさん、という印象があるけれど。

若き日の塚原卜伝の話??
それを堺くんが演じるんだぁ。
これは、素敵ですね! 観て観たい!!!
BSの時代劇。心から応援したい!
ぜひ皆で観ましょうっ!
      ↓

>>



>> BS時代劇「塚原卜伝」
>> 10月2日(日)スタート
>> 毎週日曜夜6:45-7:30 NHK BSプレミアム
>> ※初回放送は73分のスペシャル版
>>
>> 詳しくは、下記にも記事があります!
>> http://gxc.google.com/gwt/x?client=ms-nttr_docomo-
>> jp&guid=on&output=xhtml1_0&wsc=tb&wsi=53cbc0f7fb135951&u=http%3A%2F%2F
>> news.thetv.jp/article/23426/&ei=rf4rTrCbHoLBkAX4mfCMAQ
>>
>>

2011/07/25

天地水平

今日は、松木君が振付の立場として、天地水平の剱について、深く出演者たちに指導、説明をしました。

なかなか、皆には難しいようでした。
新人には、意味さえもわからなかったかもしれません。しかし、感じることが大事だと考えます!

2011/07/22

義経が参拝した鏡神社

義経の元服池の近くに、鏡神社があります。元服の時に参詣したという神社です。
ここには、義経が元服の際にかぶる烏帽子を掛けたという松があり平安時代から続く歴史が偲ばれます。


急な山のような斜面を登ると、小さな祠がありました。ご祭神は義経公。私は、「衣川幻想」にて義経公の歴史を舞台化することのお許しを願い、心からの尊敬と桜月流の作品祈願をしました。
この祠は、京都鞍馬の方角に向いているとのことです。

昔の人々も、皆、義経公を慕っておられたのですね。そこまで思って祠をたてるとは…。
日本人の心を見た思いがしました。

昌志は、京都から奈良へ。

せんとくんと昌志くん。

2011/07/19

義経、元服の池













滋賀に来ています!

ここは義経元服の池。
竜王町鏡という場所です。
目の前に国道8号線が通ります。この道は、平安時代には東山道、江戸時代には中山道と呼ばれるようになる道です。

このまま行けば池袋の方まで帰れるわけです。

首途八幡を出て、滋賀のこの辺りに来て…稚児姿では見つかりやすいからと彼は自らの名前を父の源氏の子供たちの中で9番目の者であることから、九郎義経と名乗り、元服したのです。世が世なら大きな屋敷で髪を切り、大人の髪型となって烏帽子をかぶるはずでした。しかし、ここには何もありません。鏡もありません。

そこで、涌でる泉を持つ鏡の池に自らを映し…この池で元服したのです。
なんという男らしく、独立心の強い、あっばれな…元服でしょう。

その御池です…。
感動しました。

2011/07/18

首途八幡神社にきています!

なんと、読むかわかりますか?
これで、「かどで」と読みます。

義経が、鞍馬から金売吉次と奥州藤原にゆく日、ここに立ち寄りこれからを祈願しました。まだ、稚児のすがた、遮那王と呼ばれていた頃です。

どんな気持ちで、この八幡様に祈ったのかな。期待と不安が、どんなにかいっぱいだったことでしょう。
だって、源氏の御曹子と教えられたばかりのまだあどけない十代です。

奥の神社の姿などは、またあらためて。石碑や、いにしえのままの風情が残る小さな神社です。
堀川通りと、ちえこういん通りの交差点近くです。

明日は滋賀県竜王町鏡にある、義経元服の池に行きます!



2011/07/17

祇園祭に来ています!

祇園祭に来ています!
これは、牛若と弁慶の山、船弁慶です!

長刀鉾のお稚児さん、しめ縄切り、素晴らしい刀の神事で祭の幕が明きました。私は、まさにテレビ局のとなりの特等席の位置で拝見しました。感動!
夏の祭。疫病退散の願いから始まった平安時代から続く祭。

美しい祇園祭、灼熱の暑さと雅。
辻廻しも、圧巻でした!












2011/07/09

八幡神社の空気感




















頼朝と義経が対面したという場所。


















その空気感を800年も後に感じた私という存在。

時間って何なんだろう。
人は死んだら終わりな部分と、死んでも他の人の心の中で生き続ける部分と、その両方があるのですね。

時を超えて…

という言葉があるけれど。
時を超えて生きるということは確かにあるのだと思いました。

でも、よくよく考えてみると
一秒一秒、こうして積み上げて生きている私たちも
小さな時を超えて呼吸して生きているんですよね。
剱舞も、そういうことなんだなぁ。


2011/07/07

頼朝と義経の対面石の前に立つ

頼朝と義経の対面石。
平家討伐の兄の挙兵を聞いて、平泉から駆けつけた義経一行。
この兄弟が対面したのは今でいう三島のあたりでした。清水町八幡にある、八幡神社の奥に、二人が対面したとされる対面石がある。
今日は、この地を訪ねました。


7月7日、吹きあれる風の中…ここで兄弟が初めて顔と顔を合わせて涙したという、そのシーンが思いおこされるようで、胸がいっぱいになりました。






2011/07/04

平泉駅です。



 ここが平泉の駅です。
すごく小さな駅です。

「義経/弁慶 最期の地」と書かれています。

世界遺産な駅という感じはしませんが。
でも、あまり、手つかずでいて欲しいです。

平泉に、数日滞在。
                   

帰る日は、小雨。













お天気雨のような…。

東北本線が2両編成で入ってきます。

ちょっと寂しいけれど、
随分、ゆっくりと平泉を旅することができました。

達谷の窟、藤原氏の屋敷跡、衣川、北上川にも行きました。
義経一行が歩いたであろう山々、道々、
そしてあの日と同じくある山と空…。

                  


観音山をみながら、
東京へと帰ります。

夕方から稽古に合流しなければなりません。
昼間の平泉と
お別れなのでありました。

2011/07/01

中尊寺の山門を入ると、弁慶堂! そして…


弁慶堂がありました。

義経公と弁慶の木像が原寸大とのことで
安置されていました。

小さな義経と大きな弁慶。
物語そのままの両像が弁慶堂の中にありました。
写真撮影は禁止でしたので、皆さんには
見て頂けないのですが…ここでもまた胸がいっぱいに
なりました。
















弁慶堂の拝殿のとなりに、
立派なからくり人形のおみくじがありました。



こちらの女官さまに
桜月流の武運をお聞きしてみました。

















大吉です!!
義経と弁慶、両武人のお許しを得て、晴れて「衣川幻想」の舞台製作のスタートとなったのだと思います。
今作は、震災で一度延期になりました。
そのおかげで、出演者やスタッフに多少の変動などもありましたし、メンバーには哀しいこともありました。
でも、それらの苦難や試練を乗り越えて、私たち桜月流は、震災後の心の有り様を作品に反映させて
新しい「衣川幻想」を完全版として創り上げられると、ここに確信できました。

ファンの皆様には、どうぞ楽しみにして頂けたらと心から思います。
12/3日、4日の東京グローブ座です。

この大吉なる幸運を、ご一緒にわかちあえるような舞台にできるよう
出演者スタッフ一同、心身尽くして精進致します。
頑張ります!!

2011/06/30

中尊寺に向かうと…弁慶の墓がありました。


高館から、北西に600メートル。
中尊寺に向かいます。
あの、金色堂のある中尊寺です。

すると…。
中尊寺の入口手前に
弁慶のお墓がありました。
国道4号線沿いです。

とても小振りな
美しいあじさいが青々と咲いています。

今、義経公の前にいて、
こうして弁慶の墓の前に立つと
じーんとしました…。


日傘をさしていた私は、
その傘をたたんで、ゆっくりとお参りさせて頂きました。

この地には、楽しい思いでも
哀しい思いでも、どんなにかいっぱいつまっているのでしょう。

弁慶という人は、主君義経のために、
強く激しく…愛を持って生きた人です。

現代の私たちの誰が、こんな弁慶のような生き方をできるでしょうか。
心の美しい人だったのだと思います。

義経も、三郎も、皆。弁慶という人に出会えて本当に幸せだったんじゃないかなぁ。
照りつける日差しの中、そんなことを考えながら、お墓をあとにして中尊寺への参道を登りはじめました。

2011/06/28

平泉/高館 義経堂へ 


平泉に入り、まず一番最初にあがったのは、
高館です。義経堂のあるところ。
奥州での義経邸のあったところです。

今、その館はもうありません…。
今は、義経公の像と共に供養塔が立っています。







義経公の像。
お焼香台が
用意されています。


ここに、義経はいたんだ。
弁慶も…。
諸説はあるけれど、きっと三郎も…。
ここへ一緒に戻って来たんだと思う。

長い階段を昇ると…北上川を見おろす開けた景色が見えてきます。

 
この北上川のもう少し上流にいくと
西から注ぐ川があります。

それが衣川です。







山の眺めは、左から3つの山が見えます。
一番左が東山、一番右が観音山。

観音山という名を聞いて…。
義経がその山の名を知った時
きっと…恋い慕っていた
別れ別れのままのお母様のことを
思い浮かべたと思います。

鞍馬寺から清水寺へゆく途中、
牛若丸は五条大橋で弁慶に出逢いました。
清水の観音様の、その美しいお姿に母の姿を重ね、
母に会いたいという願をかけに、
清水に向かっていたのだと伝説には語られています。

そんな義経が、鞍馬からはじめてここ奥州へやってきて…
この奥州の栄華を見、藤原秀衡に可愛がられ、もてなされて…。
この高館に住まいして。

ここから、この風景を見たのです。
観音山を見たのです。
そう思うだけで涙が出てきました。

仲間達と、最初は幸せな日々を送ったことでしょう。
まさか、慕い駆けつけた兄・頼朝と、その後仲違いして命を狙われて
再びこの地に落ち延びて来るとは思わなかったでしょう。

夢を抱いてここに来た時。
悲痛な思いでここに戻った来た時。

その両方の時、やはり眼前にはこの風景があったのでしょう。

ここに、
芭蕉が残して行った句があります。

「夏草や 兵者どもが 夢の跡」


この有名な句。
芭蕉が、ここで詠んだんだ…。

また、胸がいっぱいに
なりました。

2011/06/27

平泉、義経弁当!


平泉の駅弁「義経」です!

















ゆかりご飯とくるみご飯。チキンの炭火焼と、シャケフライ。
筑前煮と、ゴマ豆腐…などなど。

お味は、う〜ん…ま、楽しい縁起物ということで!
帰りの新幹線の中で頂きました。

2011/06/26

衣川幻想の舞台となっている地/平泉!世界遺産登録!

今夜、平泉の世界遺産登録が決まりました!!
おめでとうございます!

昨日まで、かの地にいた私。
感動します。

そして、今日は、地球倫理学会のシンポジウムのレセプションで
剱舞のご披露がありました。
まさに、ユネスコの参与をつとめておられた
服部英二先生がモデレーターの会なので、ホットな情報が入ってきます。

世界遺産登録のためにパリに急遽渡仏された近藤文化庁長官のメッセージ。
私たちも、その演目の中に、「衣川幻想」の冒頭の歌や
松木くんの弁慶の長刀の舞を入れて参りました。

カメラマンさんから、
まだ写真を頂戴していないので
演目中のショットはないので、
楽屋での本番前の風景をパチリ!


すばらしい洋風の日本家屋。
鹿鳴館みたいでした!

2011/06/22

朝、十和田湖と奥入瀬へ

先生方、カメラマンの方とご一緒に、イギリスでお友達になった榎本インディジョーンズと、十和田湖&奥入瀬へ。













緑、水、山。


日本は本当に美しい。
野鳥たちの声。
翡翠!鶺鴒!







小林先生と、ツーショットっ。


2011/06/21

炎のストーンサークル


夜、満天の星の下、火を焚くと…。ストーンサークルが浮かび上がる。


神秘の空間。


劇場空間としてのモニュメントというお話を小林先生がして下さった日のことを思い出す。


その通り。
ここでは、必ずパフォーマンスがあったはずだ。
禁足地としてじゃなくて、生命を脈動させていたはずだと肌で感じる。
感じた。

大湯ストーンサークル2!

自分撮り、全く撮れてない。
すみません!

小林先生のショットもラムダにて。これはiPhoneフォトです。



夏至は22日の14時。しかし、この縄文装置は、夕日のもの。
だから、21日の夕日を待つつもりでした。しかし、明日は曇り予報。
急遽、小林先生は前日乗りを決行なされたのです。
NHKのクルーも、ハイビジョン撮影とかレールとかを急ぎお持ちになり、飛行機でサンセットの三十分前に滑り込み。



雲にいた太陽が、雲間をやぶって、輝く光とともにやってきたのです!!!
そして、赤く赤く、真っ赤に!
その力、その感動。



小林先生は、このサンセットの瞬間を超え日が沈みきった後、
十分ぐらいの間に空が赤くオレンジピンクに染まるのですが…
ここから舞が変わると!
祭祀のビジョンを話して下さいました。すごい…


呼び覚まされる、魂。
生きる人間の源が湧き上がる。
空と人が、太陽で繋がる装置。
人が自然界と繋がるための装置。
その瞬間、必ず、歌い舞ったはず。
それは、わかる!

チャージして交信して、歌い、舞いたくなる。
そういう、思い出のような感覚が蘇ってくるような。

日本人の原点のような体験。
縄文の遺跡は、すごい。

そして、まだ、夜の星降るストーンサークルにいます。流れ星をみました。
自分にフィットした石に座り、北斗七欲しいが、まわってゆくと。
縄文人の眼になった気がする。気がした。


NHKさんは、これから6時間撮影に入ります。

大湯ストーンサークル1



感動すぎて、うまく、書けません!



















その大湯ストーンサークルの、おへそになる芯の石と、
日時計の中心の背の高い石、
それを4つ結んだ先生の先に太陽が沈むという、
巨大化な縄文人の装置。

本当に、そうなのです!

その中心線の延長線上から太陽をのぞむ、私たち。
しかし、その線から誤差ニメートルずれたら、もう、まん丸太陽は見えない。いびつ太陽になる。
赤は、刻々と真っ赤になり、金環からどんどん丸く円太陽になり、燃えてゆく。


その写真は、ラムダなので今送れませんが。言葉にできない感動です。



小林達雄先生でさえ、十五年前に、雲間からたった五分しか夏至夕日を見ておられないとおっしゃっていました。


夏至に秋田で晴れる機会がなければ、この縄文人の装置を体感することはできないのです!