2011/06/28

平泉/高館 義経堂へ 


平泉に入り、まず一番最初にあがったのは、
高館です。義経堂のあるところ。
奥州での義経邸のあったところです。

今、その館はもうありません…。
今は、義経公の像と共に供養塔が立っています。







義経公の像。
お焼香台が
用意されています。


ここに、義経はいたんだ。
弁慶も…。
諸説はあるけれど、きっと三郎も…。
ここへ一緒に戻って来たんだと思う。

長い階段を昇ると…北上川を見おろす開けた景色が見えてきます。

 
この北上川のもう少し上流にいくと
西から注ぐ川があります。

それが衣川です。







山の眺めは、左から3つの山が見えます。
一番左が東山、一番右が観音山。

観音山という名を聞いて…。
義経がその山の名を知った時
きっと…恋い慕っていた
別れ別れのままのお母様のことを
思い浮かべたと思います。

鞍馬寺から清水寺へゆく途中、
牛若丸は五条大橋で弁慶に出逢いました。
清水の観音様の、その美しいお姿に母の姿を重ね、
母に会いたいという願をかけに、
清水に向かっていたのだと伝説には語られています。

そんな義経が、鞍馬からはじめてここ奥州へやってきて…
この奥州の栄華を見、藤原秀衡に可愛がられ、もてなされて…。
この高館に住まいして。

ここから、この風景を見たのです。
観音山を見たのです。
そう思うだけで涙が出てきました。

仲間達と、最初は幸せな日々を送ったことでしょう。
まさか、慕い駆けつけた兄・頼朝と、その後仲違いして命を狙われて
再びこの地に落ち延びて来るとは思わなかったでしょう。

夢を抱いてここに来た時。
悲痛な思いでここに戻った来た時。

その両方の時、やはり眼前にはこの風景があったのでしょう。

ここに、
芭蕉が残して行った句があります。

「夏草や 兵者どもが 夢の跡」


この有名な句。
芭蕉が、ここで詠んだんだ…。

また、胸がいっぱいに
なりました。

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